英国帖|夏ピクニック、夏フェス、それぞれの幸せ
付かず離れず、小さな幸せと踊りながら。
5月23日
「付かず離れず、夏ピクニック」
渡英してから知り合った、日本人のお姉様・Nさんがいる。この1年間ずっと、付かず離れず、気にかけてくれている人だ。私はロンドンに到着してから、休む間もなく家を探していた。なんとか入居先が決まった翌日、知り合ったばかりのNさんが、在英日本人たちの巨大ピクニックに招待してくれた。みんな現地のパートナーも連れてくるので、私が想像していた倍くらいの大人数だった。もちろん私だけ、ぼっち参加だ。
一人一品持参、ドリンク各自持参のお約束。新居をまだ使いこなせていない私は、手料理を検討する間もなく、M&Sで大きめのチョコ菓子を2袋買って向かった。いま振り返ると、非常にナンセンスなチョイスだ。そんな圧倒的ひよっこの私を、Nさんはじめ玄人のお姉様たちは、あたたかく迎え入れてくれた。きっと私も、この国でやっていける。そう思えるほど、みんな強く逞しく、眩しかった。
私のイギリス生活の幕開けイベントとなった巨大ピクニックが、今年もやってきた。場所は昨年と同じくセント・ジェームズ・パーク。公園はとても広く、見つけるだけでも一苦労だ。まあ、そのうち見つかるだろう、と大雑把に歩き続ける。昨年と同じ景色、同じ初夏の匂いがする。スリに怯えながら、スマホと不安を両手で握りしめていた自分が懐かしく蘇る。あれから1年。スマホなんてホーボーバッグにしまいこんで、パートナーの左手を握る自分がいる。
「いつまでイギリスにいるの」とよく言われるけれど、今の私には、これがいい。イギリスで出会った景色も人も音楽も、日本にいたら知る由もなかった。きっとあのまま、どこか違和感を抱えたままの日々が続いていたんだろうな。渡英して1年。ゆるくも濃厚な日々だった。遠回り人生、最高。
ピクニックに集まった玄人のお姉様たちは、だいたい在英6年から10年くらい。みんな最初は、YMSビザ(いわゆるイギリス版のワーホリ)。渡英してから、職もパートナーも見つけ、それぞれに心地よい暮らしを育てている。ことピクニックにおいても、来る時間も帰る時間も、とことんマイペースだ。みんな自由に、思い思いに過ごしている。とある旦那さんなんかは、会話中に繰り返し小さなメモをポケットから取り出しては、なにやら書き留めている。
そんな彼の様子から、それぞれの珍しい習慣や変なクセの話で盛り上がった。とある旦那さんの珍しい習慣は、毎晩、奥さんがシャワーを浴びている時間に必ずジャーナリングする、というもの。そして奥さんが、それをこっそり読んで、喧嘩の背景を察するまでがセットだ。
私もひとり暮らしの頃は毎朝毎晩、ジャーナリングを書いていたのに、同棲してからはタイミングを見失っていた。真似したいけれど、読まれないようにどこへ隠そうか。別に喧嘩はしないけれど、ジャーナリングの中身は裸より恥ずかしい。
それから、「Dobble」や「Sushi Go!」などのカードゲームでも盛り上がった。どちらのゲームも勝ちパターンが掴めてきて、回を重ねるごとに大人げなく白熱した。勝ち抜けして手持ち無沙汰になると、私は密やかに別のゲームをはじめる。お得意の人間観察をはじめるのだ。
この日は今年初めての30度超え。だだっ広いセント・ジェームズ・パークは、鮨詰めの如くピクニックする人で溢れていた。隣にいた年配のチル・ピクニック・チームは、白熱する私たちなど一切気に留めず、終始涼しい顔をしている。
他人と付かず離れず、それぞれの人生が自由気ままに繰り広げられていく、イギリスの空気が好きだ。アラサーの分岐点をここで過ごせること、今はそれだけで幸せに感じる。日本と同じはずの青い空を見上げながら、でも確かに違う青色と空気がここにはある。
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5月24日
「夏フェス、ブリクストンの夕暮れ」
音楽仲間たちに誘われて、ブリクストンで開催される「Cross The Tracks」という音楽フェスに行った。ジャズ、ファンク、ソウル好きが集まる、南ロンドンらしい空気が漂うフェスだ。私は仕事に関係なく音楽が大好きであるものの、夏フェスだけは大の苦手だ。炎天下と人混みに長時間さらされると、すぐにHPがゼロになる。日本では仕事で行くことはあっても、粛々とやるべきことを済ませたら、そそくさと逃げるように直帰していた。
とはいえ、せっかくフェス大国に暮らしているのだ、行くしかない。昨日をさらに上回る、34°Cの夏日だった。できるだけ布の面積を減らし、フェスに挑んだ。日本のフェスとはまた違う雰囲気、会場のセッティング、ラインナップの組み方。大トリ級のレジェンドが真昼間から登場したりする。
War の「Why Can’t We Be Friends?」で大合唱がはじまり、「Low Rider」に合わせて踊り狂う。会場中が歌詞通りトリップしはじめ、気づけばウィードの匂いが充満していた。渡英した直後、ミュージカル上演中にウィードの匂いが漂ったときには「えらいこっちゃイギリス!」と動揺したが、この状況にはもう納得でしかなく、なんとも思わなかった。えらいこっちゃ。
そして、私が心を鷲掴みにされたのは、Joy Crookes のパフォーマンス。「When You Were Mine」では、このフェスの開催地であるブリクストンでの恋が鮮やかに歌われる。歌のなかと同じ温度、同じ空気のなかで聴けるなんて。特別な時間だった。観客も、歌っているジョイちゃん本人も、そしてカメラマンも、会場にいる全員がうっとりした。カメラが夕日のほうにパンされて、巨大スクリーンに完璧なブリクストンの夕日が映し出された。全員から幸せな溜息が漏れた。
“Never take it easy on the PDA”
曲が終わる頃には、会場全体がひとつの巨大なPDAになっていた。
そういえば今日は24日、パートナーとの記念日だった。お互いうっかり忘れて、踊り狂っていた。
20代後半あたりからだろうか。月単位での交際記念日への意識が薄れた。若い頃は1ヶ月ごとに、何ヶ月、何ヶ月、と浮かれてお祝いしたものだ。あれが「若さ」か。
でも、ジョイちゃんが歌う「若さ」は、まだ私たちの中にもあって、50年後もあったらいいなと思う。35番バスも、J.D.とコーラも、ブリクストンの夕日も。暮らしの中にある小さな “penny paradise” こそが、私がイギリスで感じている幸せそのものだ。
今日は私たちの「サラダ記念日」ならぬ、
「ブリクストン記念日」だ。
Yugure
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Twilight Lettersでは、Yugure(ゆうぐれ)が黄昏時のひとりごとを、静かなエッセイとしてお届けします。イギリスでの暮らしや、音楽と広告の仕事で感じたことを、ぽつぽつと。
⚫︎ 2026.5.24 Cross The Tracks にて撮影



去年と今年の対比がとても好きでした。
同じ公園なのに、立っている場所が少し違うだけで景色の色まで変わる。
「penny paradise」という言葉も素敵です。大きな幸運より、生活の中に散らばっている小銭みたいな幸せのほうが、案外長持ちしますね。読後に残るものがありました。